第1章

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      あなたと                    田辺 貴久           序章    愛してる   言葉が枯れた時  抱き締めた  もう何も残せない  さよなら 前に言っただろ、また会えるかなって その時はいつものように           第一章 サンタさんのうた  ショーウィンドウの中の綺麗なドレス、通行人は寒さに負けない着飾った街並みを急いで歩いて行く。電飾の光と音はクリスマス・イブ。可愛い毛糸の手袋をした女の子が母親に言った。「サンタさん、来るかな。」笑いながら親子が歩いている。向こうで電車が鉄橋を通過して行く。東京の夜の街に雪が降り出した。 寄り添い歩くカップル。何処からかクリスマスの曲が流れて来た。ジングルベル。幸せそうな街、誰もがこの日を喜んでいた。 横断歩道、一人のサラリーマンが歩いていた。黒のコートを着て、アタッシュケースを手にしていた。斎藤一樹二十九歳二人の家族を持つ、工場の営業部係長。ごく普通の幸せな家族。今日はクリスマス・イブ。「雪が降って来た。」白い息を吐いて一樹が呟いた。一樹は短めの黒髪で、細い目に普通の鼻立ち、痩せていて背丈は高い方。横断歩道の信号が点滅し始める。「嗚呼、寒い。」急いで一樹が横断歩道を渡り切る。  笑い声が聞こえる。ブラウン管に映るバラエティ番組を見て笑う母と子。長い黒髪で大きな瞳、痩せている母親の名は明子、ストレートのショートヘアーで母親に似て大きな瞳のまだ小さな娘の名は那奈と言った。「那奈、パパもう直ぐ帰って来るから一緒にお風呂に入るのよ。」明子が那奈に言った。明子は今年で二十七歳、那奈は今年で七歳になる。 愛しい思い出をありがとう。 もう一度あの場所へ行けたら君は笑うかな。 遠い記憶が夢みたいに浮かんでくる。 子供みたいになって あの時吹いた風は 静かに微笑んでいる。 「ただいま。」玄関のドアを開け一樹が凍えそうな声で言った。 玄関、閉まったドアの向こうから二人の返事が返って来た。 「お帰り。」 コートに付いた雪を両手で払い、ブーツを脱いで玄関マットを踏んだ。 築35年の中古住宅、10年ローンで購入した。 まだ8年ローンが残っている。金額にすると約400万円。 一樹が家のドアを開けた。 「パパお帰り。」那奈が可愛い声で一樹に言った。 「パパお帰り。」明子が続けて言った。
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