1、もしも私が…

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 私はカバンの中から、買ったばかりの新しい教材の絵本を取り出した。  「どれが好きかな?」その絵本の表紙には、色とりどりの可愛いドレスと、真ん中で頭をひねるデフォルメされたウサギが描かれている。たくさんの色彩による刺激や、選択するという行為は、幼児の激情を紛らわせるのにはまさに効果的だった。 早速役に立つとは、お前、なかなか優秀じゃないかと、絵本をほめてやりたい気持ちだった。  「……これ」と女の子は青いドレスを指差した。しゃっくりは止まらず、ぽろぽろと涙を流してはいるが、あと一歩だ。  「あ、それかわいいね。じゃあ、ウサギさんはどのドレスを選ぶかな?」と、絵本を娘に手渡す。主人公であるウサギがどのドレスを選ぶのかは、続きを読まなければわからない。  この時期の子どもは、ようやく自分と他人の違いを理解し、他人の思考を推測しようとする。そして、そのことに楽しさを見出す時期でもある。  娘は夢中で絵本をめくり始めた。    こうして、ようやく、車内に静寂が訪れたのだった。  幼稚園で働く私には、さほど難しいことでもなかった。いつもやっていることと、ほとんど変わりはない。  だが、私にはもう一つ仕事がある。毒を食らわば皿まで。善をするなら仏まで。自作のことわざだが、なかなかの出来じゃないか?ここまできたらサービスだ。母親のケア、サポートもこなしてやろうじゃないか。  「娘さん、おいくつですか?」女の子の洟をティッシュで拭いながら、尋ねてみる。尋ねてはみたものの、答えは分かっていた。体の大きさ、思考の発達、間違いなく4歳児後半か、5歳児前半だ。  「ええ、もう3歳になりました」母親は目を細めて微笑んだ。  「え?」なら今は3歳児後半ってことか? 私は、日ごろ見慣れた3歳児の背格好を思い浮かべる。幼児の成長は1年違えば歴然の差が出る。見間違えることはないと思うのだが……。  「じゃあ、年小さん、ですか……」絶句する私に、その母親は「周りの子に比べて大きいとよく言われます」と恥ずかしそうに笑った。  
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