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「待って!」思わず、私はその女の腕をつかんでいた。
まさに必死、無我夢中だった。
「その子は、あなたの子ではないでしょう……!」
心臓が早鐘を打っている。この一瞬、時間が止まったかのように思えた。
「……」
私は目を疑った。
振り返った女は、私を見て、口が裂けんばかりに、にんまりと笑ったのだ。
それはまさに、地獄のような笑みだった。
「その子は、あなたの子でもないでしょう?」
女はそう言うと、まるで厄介なものを捨てるように、私に女の子を押し付け、走り去っていった。
「?」
「いったい、どういう……」
不思議なことに、電車は池袋駅に停車したまま、ドアが閉まらない。
遠くで駅員が騒ぐ声がする。緊急のアナウンスが、流れている。
「ああ……」
ああ。そういうことか。
泣きじゃくる幼女と、その手を握り、立ち尽くす、私。
『当列車は当駅にて、不審者ありとの情報を……』
あの女、私に罪をなすりつけやがったのか……!
きっと、駅で騒ぎ散らしたに違いない。「男が女の子を誘拐している」と。
私は、泣きじゃくる、名前もわからぬ、女の子の手をしっかりと握った。
すさまじい脱力感と、倦怠感が私を襲う。
今は何も考えたくないし、何も語りたくない。
「席、戻ろ……?」
私はこの子の手を引いて、元のシートに腰掛けた。
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