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実際のところ、私はもう、何も語る必要がないのだ……。
この状況では、何を言っても無駄になるだろう。
「ふぅ……」
シートに脱力し、深くため息をつく。
女の子は泣き疲れたのか、私に小さな頭を預けて眠ってしまった。
ほんとう……。ほんとうに、「よく頑張ったね……」
「おうち、帰ろっか……」私はそっと、この子の髪をなでた。
バカなやつだな。お前はもう「詰み」なんだよ。
頭の中で、誰かが嘲笑った。
電車が発車しないことに腹を立てているのか、あのハゲオヤジはまだ舌打ちを続けている。
確か、あの女は言っていた。「私も同じだ」と。あの女は、人生に退屈し、わずかな刺激のために、この子を誘拐したのか……。
「ちっ、ちっ、ちっ、ちっ、……」
私はその汚らしい舌打ちを、しかし、むしろ心地よくさえ感じていたのだ。
いろいろなことがありすぎて、疲れているんだ。
今は誰とも話したくはない……。
「動くな!」「その子を放せ!」駆け付けた駅員が私を怒鳴りつける。
私は無論、この子の手を離さない。
人生で誰かに連れ去られる経験なんて、一回でも多すぎる。
「お話、伺ってもかまいませんね?」
駆け付けた刑事だろうか。今度は中年の男が、警察手帳を見せびらかして、私を睨みつけた。
私はマナー違反だと知りつつ、空いているほうの手でタバコをくわえ、火をつけた。
深く肺に含み、ゆっくりと、煙を吐き出す。
「そこのオッサンに聞いてくれ……」
私が語るべきことなど、何もない。
なぜなら、あのハゲオヤジがずっと、私たちを睨み続けていてくれたのだから。
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