旧鷹取邸の夜

3/3
前へ
/3ページ
次へ
「・・・俺はここにいたい」 「お兄ちゃん、わかってて、誤魔化してる。みんなを待つのは、桜の下じゃないでしょ?」 少女は空を指差した。 「あそこで、みんなを、待ってて」 英治は自分が音もなく泣いているのがわかった。 「・・・『桜の木の下には屍体が埋まってる』そう言われているのってさ、俺らみたいな奴がこうやって集まるからなのか?」 「そう、でも、元々は違う言葉」少女は少しだけ優しい顔になった。 「前はね、『桜の木の下(もと)には屍体が待っている』だったよ。お迎え列車鉄道の、社歌なの。私達駅員は、毎朝、それを歌って、仕事を始めるの」 ガタンガタン。響きのない音が聴こえてきた。 「お迎え、来たよ。ちゃんと、乗ってね」少女は英治に手を差し伸べた。 「・・・みんな、俺が、待ってるところに、来てくれる、かな?」 「私が送り届ける。その時が来たら。」 ドアが開いた。 「・・・花見、したかったな、みんなと」 「向こうで、出来るよ、待ってて」 列車が動き始めた。 「・・・さようなら」英治は手を振った。 「お疲れさま、お兄ちゃん」少女は敬礼して応えた。 夜空の先に列車が吸い込まれていくのを、満開の桜が見送った。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加