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植松(うえまつ)正一郎(しょういちろう)は、日本の医学界でも、相当名の知れた若き天才外科医だった。正一郎には、それでも、あまり世間には、知られていない暗い過去が、あった。
今から、三十五年前の冬のある日、東京は、未曾有(みぞう)の大雪に見舞われていた。
「……本当に、ゴメンね……」
大雪の中、夜中の一時半、女子高生の安藤佳(あんどうか)苗(なえ)は、大粒の涙を流しながら、毛布にくるんだ自らの赤ちゃんを、大きなダンボールの中にそっと置いて、一枚の手紙を、赤ちゃんの横に添えて、まだまだ降り続きそうな大雪の中、キョロキョロと辺りを見渡して、誰も見ていない事を確認してから、急いで、その場を離れた。
「ひゃ~!!電車が止まったせいで、帰りが遅くなった!」
植松(うえまつ)豪(ごう)一郎(いちろう)は、勤務先の天王(てんのう)大学(だいがく)病院(びょういん)から、何とか自宅の前まで数時間かけて辿り着いた。
「あれ、何だよ!?こんなところに、でっかいダンボール捨てやがって……」
「オギャー、オギャー!!」
ダンボールの中から、大きな赤ん坊の泣き声が、豪一郎の耳まで、確かに聞こえてきた。
「……」
「こ、こんなところに赤ちゃんが!!」
豪一郎は、とにかく一刻も早く、この赤ちゃんを助けなくては、と思い立ち、毛布にくるまれた赤ん坊を抱き上げて、急いで、自宅の中に入っていった。
「あなた、もう大丈夫みたいよ。温かいミルクをたくさん飲んで、ほら、もうスヤスヤと可愛い顔して眠っているわ……」
豪一郎の妻、植松(うえまつ)加奈子(かなこ)は、都内の産婦人科で看護士をしているだけあって、赤ん坊の扱いには、慣れていた。
「あっ!加奈子!そう言えば、この子の横に何か手紙みたいなものが……」
豪一郎は、そう言った後、直ぐに外に出て、また、あのダンボールの元へ走って行ってしまった。
「こんな、大雪の日に……可哀想に……」
加奈子は、直感的に、この赤ん坊は、捨てられたのだと感じていた。
「ひょお~!寒い寒い!加奈子!手紙あったぞ!!」
豪一郎は、一枚の白い便箋(びんせん)を右手にしっかりと持って暖房の効いたリビングルームに戻ってきた。
「あなた、この子どうしましょう……?」
加奈子は、豪一郎の肩に降り積もった大粒の雪を手で払ってあげながら、静かに問いかけた。
「どうするかなぁ?この、便箋に何か、書いてあるだろう……」
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