第1章

8/11

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 久し振りに吸ったシャバの新鮮な空気と言ったら、なんて素晴らしかっただろう。晴れて自由の身になった私は、まだ脳裏の片隅にリタリンへの執着心を捨てきれずにいたが、この日の晩御飯は、私が戻ってきたお祝いに母親が、手作りのご馳走を沢山作ってくれて、たらふく食べたのを、なんとなく覚えている。まだ、メンヘラなんて言葉が無い時代に、私は、これから起こる壮絶な日々の事など微塵も案じていなかった。まだ、22歳。やり直しは、充分に利く。そう信じて疑わなかった。  リタリンを失った私は、無気力の塊のようになり、仕事などとても出来ず、ひたすら自宅で虚ろな目をして寝転がっていることが多くなった。ただ、まだ若かった私は、性欲の処理だけには、困り果てていた。仕方がないので母親が肩こりなどに使っていた電動マッサージ機いわゆる電マで、何とかやっとかっとの思いでオルガスムスに達する事が出来た。そうとも知らず電マで肩こりをほぐしている母の姿を私は、正視する事が出来なかった。  日雇い派遣のアルバイトは、大体週3~5日ペースで働いていた。まあ、世間から見たら馬鹿にされかねないが、これも立派な仕事だ!と言い聞かせてマイペースに働いていた。数か月後、京成の高柳駅に着いた私は、その日の仕事先に公衆電話から駅に到着した旨を伝えた。暫くすると一台のワゴン車がやって来た。ちょっと緊張していた私は、主治医の処方通りに薬を服用していたが、駅で待っている間に、ふと魔が差して薬を多めに飲んでしまった。  派遣先の引っ越し業者の事務所に着いた。私は、この時何か嫌な予感を抱いていた。従業員の面子が、やけにガラが悪い……金髪野郎、パンチパーマ強面野郎。タトゥーにピアスのパルプフィクション野郎等々…… 「無事に終わるとよいけど……」  私は、心の中でそう願った。 「おいっ!派遣!そろそろ行くぞ!!」  カーロス・リベラ風のふざけた野郎は、私をまるで刑務所の囚人を扱うがごとく乱暴に接してきた。こいつ、まだ十代だな?いや、しかしここは仕事だから言う事をちゃんと聞こう!そして私は、嫌な予感を抱えながら、トラックの助手席に乗り込んで、現場へ向けて出発した。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加