第1話 「TOKYO」

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第1話 「TOKYO」

 伸介はひたすらにカレーを食べていた。  東京都練馬区にある某芸術系大学の学食。ここで毎日カレーを食べるのが伸介の日課であった。  彼は高校を卒業して間もなく、この大学の芸術学部・文芸学科という学科に入学した。  この学科は著名な小説家や脚本家などを輩出した学科ではあったが、伸介はそういった文芸の道に進むべく入学した訳ではなかった。  今言葉にするととてつもないこっ恥ずかしさが込み上げてくるのだが……彼は「ロックスター」になりたかったのだ。  なぜロックスターを目指すのに文芸を? それにこの大学には音楽学科というれっきとした音楽専門の学科もあった。だが、彼はあえてそこを目指さなかった。何故か?  そう、伸介はまったく楽器ができなかったのだ。 「楽器もできないのにロックスターを目指すなよ!」という激しいツッコミを受けてしまいそうではあるが、当時十八歳の伸介には何の迷いもなかった。自身の尊敬する筋肉少女帯や特撮のボーカリスト・大槻ケンヂさんや、黒夢やSADSのボーカリスト・清春さんなど、楽器のできないボーカリストとして(二〇一七年現在では、お二方ともギター弾き語りのライブなどをやられています)、ロックバンドで成功することに何の疑いもなかったのである。  そして大学に入学するという大義名分の元、地元の名古屋を出て東京にやって来た訳だが、ではなぜ大学の数ある学科の中から文芸学科を選んだかといえば、大槻ケンヂさんのような小説やエッセイなどを書けるボーカリストになりたかった……という点もあるが、何よりも 「特技はないけど文章なら多分書けるだろう」  という、とんでもなく勘違いした甘い甘い考えがあったからなのは間違いないだろう。とはいえ、実技試験もある大学入試に挑戦しストレート合格したのだから、一応行動力だけはあった……と評価すべきだろうか。  しかし大学三年生、二十歳になった伸介は毎日大学内の学食に来てはカレーを食べて帰るという日々を送っていた。何故か? ロックバンドはどうしたのだろうか?
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