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そんなわけがない。よくある、とまでは言わないけどめずらしくもないニュースだ。そう。彼には関係ない。それなのに指が止まらなかった。
「県警はA市在住の男子高校生を逮捕したと発表した。少年は先月、父親をナイフで刺し、重傷を負わせていた。付近の住民からは父親は家族に長年暴力をふるっていたという声もあり、警察は怨恨によるものとして捜査を進めている」
息が荒くなった。嘘だ。こんなことって。
「調べに対し少年は『言葉にしたくない』と意味不明の供述をしている」
わたしは座り込んだ。立てない。意味不明なんて。そんなのひどい。あんまりだ。言いたくないだけなのに、ただそれだけなのに。
廊下を歩く生徒がこっちを見ても、泣くのがやめられなかった。倉庫に着いても、止まらない。
「また色をたくさんつかったねえ」
顧問の先生がなにも言わないでくれるのがありがたかった。タバコとホコリのにおいがする。
「構図は悪くないけど、お前は細部の描き込みが雑だな。芸術系のとこはそのへんも見るから、徹底しろよ」
しゃっくりをあげながらうなずいた。そうだ。わたしは描かなきゃいけないんだ。彼のぶんも。泣いてなんかいられない。それなのに、涙が止まらなかった。
キャンバスを抱えたまま、屋上に入った。日差しが痛い。もうそろそろ夏なんだ。太陽の下で見ると、わたしの絵はたしかに雑だった。悲しみも、生きていく気持ちも、ぜんぜんわからない。
「こんなんじゃダメだ」
そうだ。もっと奥まで描きつくそう。ありったけの色をつかって、ありったけの力をふりしぼって。言葉にしちゃいけない、言葉にできない思いを。
いつか彼に会ったとき、伝えるために。
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