苦い。それから甘い。

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 昼休み、わたしは教室でミックスサンドを片手に大学のパンフレットを眺めていた。みんな友達と楽しそうに昼ごはんを食べている。うるさくて、うっとうしくて、でもちょっぴりうらやましい。  あれから美術室では無視され続けていた。黙って絵を描いて、黙って帰る。ときどき顧問の先生にアドバイスをもらう。 こうなると、もう学校ではほとんどしゃべることがない。  教室ではもう友達どうしのグループが出来ている。いまさら「入れて」なんて言えない。それに間に入ったって、またトラブルを起こしちゃうかもしれない。  それならせめて、ひとりぼっちでいたい。だれかに嫌われるくらいなら、だれともかかわらないほうがいい。  ミックスサンドはあっという間に食べ終わって、今度は野菜ジュースを飲む。パンフレットには大きな建物と、芸術に取り組む学生の写真がたくさんあった。この街から遠く離れた場所にある、芸術系学部が有名な総合大学。  残りの高校生活はここに行くためだけに過ごすんだ。そのためならだれともおしゃべりせずに授業を受けるのも、絵を描くのも苦しくない。いまみたいに苦しくなると、そうやって自分に言い聞かせた。  ふと窓の外を見た。視界のすみに、淡い色のかたまりが残った。あれはひょっとして、桜?だって、もう葉桜の季節なのに。  パンフレットをしまって、教室を出た。本当は立ち入り禁止の屋上に入って、目をこらす。 「やっぱり桜だ」  気がついたらそんなことをつぶやいていた。学校で声を出すのはひさしぶりで、なんだかなつかしい気持ちになる。  風がやわらかい。思わず背伸びをして、それからその場に寝転んだ。背中が汚れるかもしれないけど、そんなのどうだっていい。日差しがあたたかくて、体がほぐれていくのがわかる。  それからもう一度桜を見た。わたしの視力に問題がなければ、あの桜はショッピングモールよりむこうで県庁の建物よりも手前にある。でも、そんなところにあんな大きな桜、あったっけ? 「見に行こうかな」  ひとりなのに、いやひとりだからつぶやいた。今日は美術予備校もない。部活だって、わたしがいないほうがずっとやりやすいだろうし。  チャイムが鳴った。わたしはあわててスカートから砂ぼこりをはらって、屋上を後にした。
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