第5話(2巻序章)「夢より素敵な」

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「サントコ」という言葉がある。  それは「三か月に一度床屋に行く」事でも「三人が広々と寝られる寝床」でもなく、「三年生になっても所沢へ行く奴」の事である。  伸介が通う某芸術系大学には芸術の専門的な授業の他に一般的な学習教科もあり、ある程度の一般学習教科の単位取得が卒業する為には必須なのであった。  そしてこの大学は一、二年生が埼玉県の所沢市にある校舎に通い、三、四年生は東京都練馬区の江古田にある校舎に通う。つまり、三年生になっても所沢校舎に通っている一般学習教科の単位を取りこぼした落ちこぼれが「サントコ」と呼ばれていたのだった。  そして、伸介も例に漏れずサントコなのであった。  単位を落とした英語の授業を終えて、お腹を空かせた生徒たちが学食に集まり出す頃、彼はぼんやりと空に浮かんだ雲を見上げながら「くだらねーなー」と呟いた。  先日伸介は童貞を捨てた。  そして同時に親友を失った。  その事があってからしばらく寝たきりのように部屋にこもり、大学もサボってばかりいた彼であったが、流石にそろそろ出席日数が不安になってきた。  そう思い冬眠を終えた熊のように授業に出てきたものの、こんなものが何の役に立つのだろうか。こんな授業を受けている暇があるなら好きな女の子とセックスでもしていた方がよっぽど勉強になるのではないか……。  童貞を捨てたばかりの小僧が何を偉そうに! と突っ込まれそうであるが、生暖かい風に吹かれながら、伸介はただぼんやりと童貞を失った夜の事をひたすら頭の中で反芻するのであった。
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