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仕事帰りに寄ったカフェのカウンターでコーヒーを受け取ると、森田京一は奥まった場所にある席に腰を下ろした。小さく息を吐いて店内を見渡す。数組の客が話をしていたり雑誌を読んでいる。そんなどうということのない光景が奇妙に無機質な塊に見えることが時々ある。テーブルに置いたカップに手を伸ばしながら、今もそんな風に感じている。コーヒーを一口啜ってカップをテーブルに戻すと、森田は目を閉じ、ざらついた無感覚の中にしばらくの間身を沈めた。二、三分ののち、静かに目を開けた森田は、目の前に男と女が並んで立ち、自分をじっと見下ろしていることに気がついた。彼らの目は驚きに少し見開かれ、口元には親しげな笑みが浮かべられていた。二人とも年は三十代後半の頃だろうか。森田と同じ年代に見える。
「ねえ、えーっと、森田君、じゃないかな?」
数秒の沈黙のあと、女が言葉を続ける。
「んー、わかんないかな? 中学二年のときにさ、ねえ、ここ座っていい?」
森田の返事を待たずに女は同じテーブルの席に着いた。男もその隣に座る。
「私達二人ともあなたと同じクラスだったの。この人は山本隆太。私は井上望。ただし今は山本望なんだけど。フフッ。ねえ、覚えてない?」
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