01.アヒルの一日

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 新聞を開くと今日も不景気な文字が紙面に並び、その深刻さを必死で主張してくる。 窃盗、殺人、政治家の失言・・・  正直、どれもこの広い世界のどこかで起こっていることであって、自分に直接関わることなんてそうそうない。それでも少しの時間があれば、毎日律儀にも家から持参した新聞に目を通すのは一種の職業病、よく言えば仕事への使命感からかもしれない、と明坂自身は思っている。  こうしてじっくりと読んでみると、悪い事ばかりではない。凶悪な事件について書かれた大きな見出しの記事と比べると控えめに、それでも幸福なニュースもしっかりとそこにある。そして、そんな記事を見る度に、自分は市民を守る一員なのだという自負と満足感が押し寄せてくるのだ。 「お、とうとう松葉ガニが解禁か」  思わず舌なめずりした明坂の視線の先には地域欄に書かれた『松葉ガニあす解禁 鳥取・境港で出漁式』という文字が躍っている。自分が食べられるかどうかはさておき、カニの漁が始まるという知らせには何故か毎年ワクワクさせられるものがある。 「あー、もうまた新聞読んでる」  自分以外には誰もいないと思っていた空間で突如背後から声がし、思わず肩が揺れた。とはいえ、ここに居るとすれば奴しかいない。のろのろと振り返ると、案の定予想した通り自分と同じ制服を着た女性が口を膨らませ、真ん丸な目を少し尖らせながら肩越しに紙面を覗き込んでいた。
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