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「仕事中ですよ」
そう言う彼女の手には奥の給湯室から持って来たらしい湯気の立ったマグカップとお菓子の小袋が握られている。
居ないと思ったら、そういう事か。ちゃっかり自分は休憩モードの新人に呆れてため息が出る。しょっちゅう外に出て行ってみたり、給湯室に引っ込んでみたり。彼女がこの交番に配属され、自分が指導係に命じられてから既に1ヵ月が経ったというのに、どうにもこの自由奔放さには慣れない。
年齢的には早めの出世だと周りにもて囃されもしたが、自分ではやっとの思いで今年巡査部長に昇格した。そして嬉しい事に新人の指導係にも任命された。予期せぬ事ではあったが、これ以上ない上からの信頼を得たのだ。ここまで任せられたからにはビシッとこのゆとり新人巡査を指導して立派な警察官にするのが自分の使命だ。ここは厳しく自分の立場を弁えさせなければならない。
「お前が言うな、大橋。それに指導する側は俺だ」
「分かってますって、明坂巡査部長」
「お前なぁ・・・」
選ぶ言葉を間違えたのは明白だ。自分なりの『厳しい指導の言葉』は口から出してみれば発した本人すら呆れるほどにソフトで、冷たくも新人に打ち返されてしまった。普段は「センパイ」なんて舐めた呼び方をするクセに、こういう時だけはわざとらしく「明坂巡査部長」と正式名称で呼んでくるものも憎らしい。
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