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掃除道具を片付けると、厨房には昼食中のスタッフがいた。一人は肩回りと腰回りがほぼ同じ体系の中年女性、藤山。もう一人は中肉中背の椿。オーダーストップになったので、まったりと休憩している。
「青戸君、昼までだっけ? 」
椿に言われて恵はうなづいた。
「はい。閉まったら帰ります。」
藤山は手を動かしながら、厨房の隅に置かれたビニール袋をさした。
「持って帰りな。」
見るとミートボールの甘酢餡かけがたくさん入っている。
「ありがとうございます。夕食一品作る手間が減りました。」
「温める前に少しお湯いれなよ。」
藤山はよく賄をもたせてくれる。そして賄もおいしい。
店から客が引き、閉店の看板を出すと店長がテーブルを拭き始めた。皿洗いも終わり、恵も紙ナプキンや調味料を補充する。フロアの片づけをする店長を見て、常々気になっていたことをきいてみた。
「店長、ディナーはなんで完全予約なんですか? 」
店長は爪楊枝を入れながら言った。
「めんどくさいから。」
店長はきっぱり言った。
「昼間だけで十分疲れるでしょ。できればランチも完全予約にしたいんだよね。」
そんな店長の口から出た言葉に恵は困惑した。
「店長、なんで飲食店を経営してるんですか? 」
「もともとお世話になった人たちに、おいしいもの食べさせたくてさ。」
確かに、食事はおいしい。ディナーは特に、食材にもこだわっているようだ。ディナーの予約が入った日は、キャビアや舌平目を始め、なにか分からない肉の部位など藤山が仕込みをしているのをよく見る。
「店長すごいですね。それでこんなに腕のいい人たち集めるなんて。」
スタッフも料亭で働いていた人やイタリアン、フレンチの有名店出身者ばかりだ。
「集めたわけじゃないよ。集まってくれたんだよ。」
店長はドレッシングの箱を取ろうとしてつま先立ちになっていた。すかさず恵は手伝った。
「結婚したり子供ができたら仕事辞めさせられたりとか、仕事見つからなかったりとか。うちなら時間に融通もきくしお休みの日も調節してあげられるから、どう? って交渉したらみんな来てくれた。」
そんな交渉ができる店長がすごいのだが、本人は自覚していない。店長は一体何者なのだろうかと謎が尽きない。
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