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「お休みの日とか、重なったらどうするんですか? お子さんいる人多いですよね。」
店長はふすんっと呼吸をした。
「あの日は大変だった。」
あったようだ。
「私がチャーハンを作ったんだ。」
ため息交じりの店長の言葉に、椿がふふっと笑った。
「覚えてる。みんな運動会が重なって、大上さんが野菜炒めとか焼きそば作って乗り切ったんだって、後日山崎君から聞いてさ。」
「店長のチャーハンおいしいもんね。」
藤山が珍しく笑っている。
「あれは素材が良かったんだよ。イベリコ豚のベーコンがおいしかったんであってチャーハンは普通だった。」
羨ましい。店長の料理なんて食べたことない。
「そんな良い食材よく使いましたね。」
「農家や漁師につてがあったから、中抜きされない分安く仕入れられるんだ。ここ家賃ないからそんなに売り上げ気にしなくても黒字だし。」
駅から少し離れているし、周りもパチンコ店とコンビニとスーパーくらいでひっそりあるが、そこそこの広さだ。
「家賃ないんですか? 」
「ないよ。その分お給料に反映してるでしょ。」
「……っはい。」
モーニングからランチだけの勤務なのにやけに時給がいいと思ってはいた。
片付けてまかないをもらうと電話が鳴った。椿がとると店長を見た。
「店長、あの……登良さんから……。」
店長がつかつか歩いて行き、椿が持っている子機ではなく、本体につながっている受話器を持ち上げて電話を切った。あまりにも自然の流れだったので、誰も止められなかった。
けたたましく電話が鳴る。店長が渋い顔をして受話器を取った。
「あの、登良さんって? 」
こそっと恵が尋ねると椿が言った。
「青戸君、うちのディナーのコースの名前知ってる? 」
「え……ハチノスコース、ですよね? 」
完全予約制なので、基本メニュー表は出ない。店長が言っているだけで内容は恵も知らない。
「あれね、店長の好きなお客さんで名前が違うの。」
「え……? 」
そんな接客業にあるまじきことがあっていいのか。
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