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「っと言っても、厨房でわかりやすくするために名前を付けてるから、店長が決めたわけじゃないんだけど。」
店長は淡々と、だが眉間にしわを寄せて喋っている。
「海の玉手箱コースとか、ワイルド系肉食コースとか、金に糸目はつけないコースとか、女子力高めのデザート重視コースとか。」
そんな長いコース名だと逆に使いづらいのではないのか。
「で、嫌いなお客さんは、お代はいらない帰れコースっていうのがあるんだけど……。」
ごくりと、生唾を飲んで恵は店長を見る。店長はいつもよりも五倍テンション低めで電話応対をしている。
「それが出たお客さん。」
「……なんで、予約、とったんですか? 」
「いつも断れないお客さんと来るの。」
店長が電話を切った。
「登良さん来るの? 」
藤山が夜の仕込みをしながら言った。
「……来る。しかも今晩。まじであいつ……ねばいいのに。」
店長の最後の言葉はよく聞き取れないくらい小さな不機嫌そうな声だった。
「白鹿組の親父さんとくるけど、コースは一つでいいよ。私がコンビニとスーパーで適当になんか買ってくるから。」
「白鹿組って、この前発砲事件があったとこじゃないですか? 」
恵がぎょっとするが、店長はどうでもよさそうに言った。
「いっそ撃ち殺してくれればいい。」
本気の声のトーンだった。いったい二人の間になにがあったのだろう。
「あの、店長、自分夜フロアしますよ? 」
ランチの勤務ばかりでディナーはまだ出たことがないが、店長の力になりたい。店長は目をぱちくりさせた。
「ありがとう。でも大丈夫。惣菜コロッケおいて帰らせるから。」
店長が久しぶりに見せる優しい笑顔は、普段無表情でテンションが低いせいでいっそう破壊力を持っている。
好奇心もあったので残念だったが、店長の笑顔を胸に走って帰った。
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