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翌朝仕事に行くと、掃除をしている男性スタッフがいた。黒髪に眼鏡の大学生山崎と、フロアマネージャーの大上だ。
「おはようございます。」
「おはよう、青戸君。昨日はなにもなかった? 」
白髪交じりのひげをゆらして、大上は穏やかな微笑みを浮かべる。この店で一番落ち着いている大上は、時々後光がさしてみえる。日本人離れした長身と、落ち着いた物腰に、初めて店に来る人は店長と間違える。
「はい、自分の勤務時間はなにも。」
「良かった。僕が休みの日は9割の確率でトラブルが起きてるからね。」
責任者がいないときに事件が起きるのは接客業のあるあるだ。
「登良さん、という方が。」
「あ……。」
そっと大上は口を押える。
「店長、店長こちらへ。」
そう言いながら大上が素早く店長のところに向かった。走っているわけでもないのに、足が長いせいか動く歩道に乗っているように速い。足音も立てずにすべるように移動する。
「登良さん来たんですか。」
山崎が言った。
「らしい。会ってないから分からないけど。」
山崎がはぁっとため息をついた。
「知ってるの? 」
「めんどくさい親戚のおっさんって感じで、思春期の女の子が嫌うタイプ。」
なんとなく分かったような気がした。
大上と店長の会話は声がちいさかったが、コンビニエンスストアで若者に人気のチキンの名前や、半額セールという単語が断片的に聞こえた。
その日は休日で雨も降っていた。お客さんはいつも以上に多かったが店長は容赦なくオーダーストップと閉店の看板を掲げてランチタイムを強制終了させ、全員で昼食を取った。
「店長。この前作ったシフォンケーキまた食べたいって人多いんですけど。」
山崎の言葉に店長はまかないの野菜炒めをほおばった。
「シェフの気まぐれを待ってくださいって言っておいて。」
「プリンも人気でしたね。」
恵が言うと店長はパティシェを見た。
「椿さん本気出しすぎ。」
「てへぺろ。」
古っと言った山崎を大上がさりげなく肘でつついた。
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