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この店に初めて来たのは、半年前だった。今まで通勤の途中で見かけ気になっていたが、なかなか来ることがなかった。
その日は13時間の勤務を終えて家に帰る途中だった。休憩もなく昼食もとれなかったので、少しふらふらしていた。その時ハチノスの灯りが見えた。夜もやっていたのかと思い、まだラストオーダーに間に合うか聞いてみようと扉をくぐった。
店の中は明るく、談笑している声がした。しかしほとんどの席が空いていた。自分が入った瞬間、ぴたっと声が止んだ。
急に店の中が暗くなったような気がした。
「すみません。」
閉店していたのだと思って帰ろうとしたとき、小柄な影が近づいた。
「顔色が悪いですけど、どうしたんですか? 」
声をかけたのは店長だった。
「大丈夫です。家、そこなので。すぐ帰ります。」
申し訳ない気持ちで帰ろうとすると、店の奥から声がした。
「店長、その人具合悪そうだから休ませてあげたら? 」
「こっちはいいから。」
奥からした優しい声に、涙が出そうになった。
「大丈夫です。ありがとうございます。」
逃げるように出て行く自分の手をとって、店長は言った。
「一分待ってください。」
そう言うと、店長は素早く厨房に行き、袋を持って戻ってきた。一分どころか三十秒もしなかったと思う。
「これ。おいしかったらランチも食べに来てください。」
渡されたのはサンドイッチだった。
お礼を言って受け取り、恥ずかしいけれどいつの間にか足取りはしっかりしていた。家に帰って食べたサンドイッチはマスタードの香りがするマヨネーズに、ハムだけのシンプルなものだった。それが驚くほどおいしい。
ぼろぼろ泣きながら食べた。
数日後お礼もかねてランチタイムに行った。お客さんが少なかったので店長が少し話してくれた。
今にも倒れそうだったのに、歩いて帰ったから心配していたことを話してくれた。店の前を掃除しているときに、自分のことをよく見かけたことを話してくれた。
それから何度か店に行き、こんな店で働きたいと言うと、おいでと店長が言ってくれたので、転職をした。
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