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初めてのディナーの日、夕方ハチノスに行くと、店の中はしんとしていた。厨房では一人藤山が料理の支度をしている。
「藤山さんだけなんですか? 」
「今日は冷たい料理が多いからね。盛り付けは大上さんも手伝ってくれるから。」
野菜を切りながら藤山は言う。
「手伝ってほしいときはよろしくね。」
「はい。」
店の前を掃除し、テーブルのセッティングをして、食器を並べて、大上から来客の説明をされた。
「お客様は三組。一組目は店長のご友人の刑部さんご夫妻。二組目は店長の姪っ子の雪さんがお友達とお食事に。最後は常連の時雨さんが来ます。」
大上が厨房のホワイトボードに丁寧に書きこんだ。
「みなさん基本的に店長とお話ししたい方だし、食事を出すタイミングは僕と一緒だから安心して。」
緊張を感じ取ったのか、大上がほほ笑んだ。
「店長、お酒はどうしますか? 刑部さんたちは日本酒にしましょうか? 」
「そうしようか。今日は魚料理メインだし。」
店長は藤山と一緒に料理のメニューを見ていた。
「時雨さんはいつもの? 」
「いつものと、新しく入ってきたやつを。雪ちゃんは椿さん特製デザートが目当てだから、軽めに。連れてくる友達のも自分と同じものでって言ってたから。」
どんなお客さんなんだろうと、恵は緊張した。けれど怖いと言うよりも、わくわくしているような気持ちが大きい。
昼間は明るく外が見えているのに、夜は墨でも塗ったように真っ暗で何も見えない。この周りは歩道もあるので、街灯くらい差し込んでもいいはずなのだがと、不思議に思った。
一組目が来る時間になり扉のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。」
恵は笑顔のまま引きつってしまった。
扉を開けて入ってきたのは上品な着物を着たふわふわの毛におおわれた動物だった。黒い目が愛らしく、二匹とも二足歩行だった。
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