桜コレクション

3/5
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
気がつくと桜の樹の下にいた。 昨日の夕方にふらりと立ち寄った神社の桜であるらしいのだが――。 「何だかやけに大きいような……」 目の前の視界は、焦げ茶色の壁によってふさがれている。 これが桜の幹だ。 頭上を見上げると、はるか上空に桜色の雲がたなびいている。 それが、満開になった桜の花々であるらしい。 何というか――スカイツリーの真下で空を見上げているような感じだ。 かたわらにいる吉野さんが、訳知り顔で言った。 「桜の樹が大きくなったのではない。我らが小さくなったのだ」 確かにそう考えれば納得はできる。夢の中であるのならば、そういうこともあるのかもしれない。 「この桜は害虫に侵されている。異国のカミキリムシだ」 外来のカミキリムシに寄生されているということだろうか。 「このままでは、遠からずこの桜は枯れてしまう」 「それは大変ですね」 僕にとっては、どこか他人事だ。 「お主には、そのカミキリムシを退治してもらう」 いや、ちょっと待ってください。 「嫌ですよっ、そんな怖そうなことっ!」 虫退治がどれくらい危険なのか見当もつかないので、余計に怖いのだ。 「この期におよんで逃げるなど許さぬ」 桜紋の和服をまとった少女に手首をつかまれた。 桜の幹に向かって引っ張られる。 「嫌だ嫌だ嫌だっ! 虫退治なんてしませんからねっ!」 思いっきり暴れたのだが、少女の手をふりほどくことができない。 僕のあらがいは全く効果がないようだ。 「妾を抱きたくないのか? 童貞なら童貞らしく、向こう見ずに突っ走らぬかっ!」 そんなことを言われても。 「お主を元の身体へ戻せるのは、妾だけなのだぞ」 僕は、魂だけ遊離したような状況になっているのだろうか……? 戻れなかったらどうなるのだろうか……? これは夢だ。 これは夢だと思う。 これは夢であって欲しい。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!