桜コレクション

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逃げ出すこともできないまま、僕は桜の幹まで連れてこられた。 樹皮にできた小さな穴から幹の内部へともぐり込む。 おそらく、そこからカミキリムシが侵入したのだろう。 穴は洞窟のようになっていて、奥へと通じていた。 桜の幹にうがたれた洞窟の奥に――。 いた。 カミキリムシが。 「うわああああぁぁぁっ!」 こちらの身体が小さくなっているのだ。 カミキリムシは相対的に巨大化している。 その威圧感たるや尋常でない。 分厚い甲殻は鎧さながらで、生半可な攻撃は通用しそうにない。 桜の幹でさえ喰い破るという歯は、まさに巨大鋏だ。 僕の身体など一撃で両断できるに違いない。 「さあ、戦うのだ」 「無理ですっ! 絶対にっ」 「妾も力を貸す」 「どうやって?」 「安全な後方で応援してやる」 「応援は僕がやります。吉野さんが戦ってくださいよ」 「それは無理だ」 「どうしてっ?」 「妾は、この桜の樹に宿る精だ。おのれの体内で力は振るえぬ」 えっ……? 「妾にできるのは、心清らかな少年を連れてくることだけだ」 桜紋の着物をまとった少女は、胸のあたりで両手を合わせた。 両手の内から桜色の光があふれ出す。 まばゆいくらいの光が収まった時、吉野さんの手には一本の槍が握られていた。 槍の穂は、うっすらと桜色に光っている。 「これを授ける。これならば、あの虫の甲殻をも貫けるであろう」 虫の甲殻を貫通できる保証がどこにあろうか。 どこにもありはしない。 しかし、僕はその槍を受け取っていた。 槍の美しさに魅入られたからかもしれない。 あるいは、どうせ夢なのだと自棄になっていたのかもしれない。 とにもかくにも僕は自己流で槍を構えた。 聞くところによると『ちぇすと』と叫びながら刀を振るう流派があるようだが――。 「ちぇりーっ!」 奇声を発しながら突っ込む。 カミキリムシの大顎が開かれている中、そのど真ん中へ飛び込む。 「ちぇりぃぃぃぃっ!」 奇声を発しながら槍を繰り出す。 両側から大顎が迫ってくる中、カミキリムシの頭部を目がけて。 そして……。
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