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再び目を覚ました時、僕は布団の中にいた。
胸元の圧迫感もある。
やはり、吉野さんが正座をしていた。
「大儀であった」
美しい姿勢で僕の上に正座したまま、彼女は尊大な態度で言う。
「お主のおかげで、カミキリムシは退治された」
そうか。
僕はやり遂げたのかっ。
「で、褒美は? 僕の童貞卒業は?」
前のめりになって尋ねる。
「えっちをさせてくれるんですよね?」
吉野さんは、ころころと笑った。
「そのことだが……お主は実に優秀だ」
褒められた。
「このまま『男』にしてしまうのは惜しい」
はい?
「桜の守人として励むがよい。女子を知らぬまま」
「いやいやいや、それはないでしょ」
「困っている桜は、妾の他にもあまたいる。八重・山桜・枝垂れ……いずれも美女ぞろいだ。まさによりどりみどり。俗に言うハーレムだ。まあ、妾の美しさにはおよばないが」
吉野さん以外にも桜の精がいるのか……。
いや、そんなことに感心している場合ではない。
「未来のハーレムよりも目の前のえっち。不良債権化はごめんです」
「ずっと童貞でいろとは言っておらぬ。しばらくの間だけだ。わずかの期間だけ桜のために励めば、もはや女には困らぬぞ」
「『わずかの期間』って、具体的にどれくらいですか?」
「桜の樹が寿命を迎えるまでだ」
「僕の寿命が先に尽きますっ」
憤りと欲情とが入り混じり、炎となって燃え盛る。
みなぎる煩悩に突き動かされて、僕は上体を起こした。
「ひゃっ」
僕の胸元から転がり落ちた吉野さんは、布団の上で尻餅をついている。
「約束通り、えっちをさせてくださいっ!」
桜紋の和服をまとった少女へ、我を忘れて飛びかかった。
小さな身体を抱きすくめようとした腕は――。
空をかき抱く。
吉野さんは、一瞬にして桜吹雪になったのだ。
「はうっ!」
情けない声とともに、僕は布団に突っ伏す。
そのまま寝てしまった。
「また頼むぞ」
どこからか、そんな声が聞こえた気がする。
そして夜が明けた。
僕のものはがちがちになっているが、夢精すらしていない。
童貞のまま――ということらしい。
右手には、桜の花びら数枚が握られていた。
完
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