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「この桜は、毎年四月一日に満開になるように、温度や日照時間を調整しているんだよ」
黒服を身に纏った女は、散っていく桜の花弁を見つめながら、言った。
「そんなの、どうやって調整するんですか」
僕が訊ねると、彼女は天井を指さした。
「ここ、ドーム状になっているでしょう」
彼女の言う通り、この桜の木の周りは、透明なビニールシートでドーム状に覆われている。
「温度は空調で制御すればいい。日照時間は、日光を遮れるように暗幕を張ったり、疑似的な太陽光を照射できるようになってる。そして、ホルモンを打ち込むの」
「ホルモン、ですか」
「お薬みたいなものね」
言いながら、彼女は自分の腕をさすっていた。
「四月一日に花を咲かせる。その絶対的な使命を果たすために、全てが制御されている」
彼女は桜の幹に触れる。その幹は、とても逞しくて、エネルギーの塊みたいだった。彼女の腕は、そんな幹とは対照的で、僕が触れてしまうだけでも折れてしまいそうなほどに頼りないものだった。
「この桜は、いったい何を思っているんだろうね」
彼女は、天井から注がれる偽物の太陽光に目を細めながら、言った。
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