2人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女は、春という季節には似つかない、黒い服を纏っていた。そして、僕と同じように水浸しになっていて、腰まで降りている長い黒髪から水滴が滴り落ちていた。年上だろうか。クラスの女の子の誰よりも大人びているように見える。美しい顔立ちをしていた。はらはらと彼女の背景で舞っている桜の花びらが、良く似合っている。けれどそれは、儚く散っていってしまいそうな脆さみたいなものも抱えているように見えた。
「あなたも、雨宿りですか?」
気付けば、僕は彼女に声をかけていた。
彼女は、僕を一瞥してから、桜へと視線を戻す。
「そう。雨宿り」
雨にかき消されてしまいそうな、淡い声だった。
「しばらくは、やみそうにない」
そう言って、彼女はずっと桜を見つめ続ける。その横顔を見ていて、彼女が泣いていることに気が付いた。てっきり、雨で濡れているのだとばかり思っていた。
彼女の手には、数珠が握られていた。
「誰か、……お亡くなりになったんですか」
僕の問いかけに、彼女は小さく頷く。
「大切な人を、亡くしたの」
「恋人、ですか」
「幼馴染だった人なの。男の子だったんだけど」
彼女は、その幼馴染を想うように、目を瞑る。
ドームを覆う透明な膜に、強く、強く雨が降り注いで、バチバチと音がする。
「僕で良かったら、お話聞きます」
彼女のことを、見ていられなくなっていた。
一時間も、十分も、経っていない。それなのに彼女は、どんどんと萎れてゆく。まるで、この桜の木に命を吸い取られているみたいだった。
「赤の他人だからこそ、言えることもあると思うんです」
最初のコメントを投稿しよう!