古い邦画のような口説き文句で君を誘いたいのだ

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 桜の木の下で、私は一人の男からこんな話を聞いた。 「成人して間もない頃、僕は気が付いたんだ。何時から始まったのかはわからないけど、子どもの時とは明らかに違う。「世界が美しくない」んだよ。夏の海、葉の落ちる道、雪が覆う屋根、そして桜の木の下から見る空…。僕は感動というものをしなくなっていた。綺麗だな、素敵だな、そんな思いが湧いてこない。ただの海、葉、雪、花、空。それだけ。自分でも驚いたよ、これでも僕は多感な少年として笑われる位に世界を愛していたんだから。音楽を聴いても身体が踊り出すこともなく、映画を観ても心がヒロインと恋をしない。それを当時の友人に話せば、「今までが寧ろ可笑しかったのさ、これが普通の人間だよ」と言われたけれど。嗚呼、これが大人になるということかもしれない、そう考えて僕は生きた。無感動の日々をトントントンとこなして、大学を出て、会社に入って、失敗しても成功しても涙を流さない男になった。そうとも、僕はつまらない奴さ。少年の頃のように、山が蝶に微笑む瞬間も、歌の色彩も見えなくなった、詩の無い人間だよ。君はそんな相手と恋をしたいと思わないだろう?僕もだよ。でもね、話はここからなのさ。
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