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第一夜
『桜の樹の下で待ちあわせ、な』
夢のなかの声で目がさめた。
「やだ、寝過ごした」
もう陽が暮れてきている。
「……何時だろ」
へんな時間に昼寝して、眠りすぎた。
「そういえば、ヒロシと約束してたっけ」
わたし、イズミ。今年、十四になった。
ヒロシは、なんというか……わたしの恋人なんだろう、たぶん。
あわてて桜並木を走りだした。
「怒るとヒロシ、けっこう怖いから」
ヒロシはやさしいけれど、背が高い。
ちょっとムッとしただけで、なんだかびっくりしてしまう。
「もう……いやに混んでるなあ」
こんなときにかぎって、駅前の大通りは人でいっぱいだ。
「あ、そっか!桜まつり……」
桜は三分咲きといったところか。
『まだちょっと花がさみしいかな』
『今年は暖かいから、すぐ満開になるよ』
日が落ちて、かえって人がふえた。夜店のアセチレンランプが灯りはじめる。
『お母さん、わたあめー!』
『金魚すくいやりたい』
みな、楽しそうにそぞろ歩いている。
「……急ぐのは、あきらめよう。誰かを突きとばしてしまいそう」
ゆっくり歩いていこう。
ヒロシには、ごめんと謝ろう。わたしは、のんびりした性格だ。
ヒロシはわたしをよく知ってるし、すこし遅れたところでちゃんと待っていてくれるはず。
橋をわたり、かわいい家々の前を通りすぎると、急に道がせまくなって人が少なくなる。
「あっちの道に行けばよかったかな……」
街灯のあかりも、まばらでうす暗い。
むこうの道は、大きな公園があって夜店も出るから、人通りが多い。
「でもこっちが近道だから」
引き返すのも面倒だ。
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