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市民病院の病棟の玄関は、外の喧噪が嘘のように静まり返っている。
初老の守衛は、クロスワードに熱中していた。
わたしは、灰色の階段を上った。
「トモくん…!トモくん……」
二階の手前の部屋をのぞくと、ベッドの小さな男の子のうえに若いお母さんが泣き崩れている。
お父さんは蒼白な顔だ。
「……お姉ちゃん」
わたしの手を、誰かがそっと握った。
ちいさくて冷たい手。
「どうしてママは泣いているの……?」
青い手術着姿の男の子だ。
「大丈夫。トモくんは、じっと待っていればいの。誰かが来てくれるから」
「誰かって、だあれ?」
「おばあちゃんとか…神さまとか…」
「あ!お爺ちゃんだ!」
廊下のはしで老紳士が帽子をとって会釈をしながら、手まねいている。
「でもママが……」
トモくんは、ぐずっている。
わたしはやさしく手をほどいて部屋を出て、また階段を上った。
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