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しかしわたしの足取りは重くなった。
「七十四年か……」
長すぎはしないだろうか。
四階の奥、六人部屋の入り口。
プラスチックのプレートに青いペンで「高木浩」とある。
わたしは、なかに入った。
むっと、排泄物と薬の臭いが鼻をつく。
うすいビニールのカーテンで仕切られたベッドの上に、六つ子のようなおじいさんたちが、管に繋がれて眠っていた。
五人のお爺さんは、まだ息をしている。
だけど窓際のおじいさんだけは、息が止まっていた。
「……ヒロシ?」
おそるおそる水玉のカーテンをめくって近づいた。
「イズミだよ」
あの強かったヒロシと、目のまえの老人が合致しない。
ヒロシの髪の毛は白くなり、しかもほとんど残っていない。禿頭は、茶色い染みにおおわれている。
浴衣はよれよれで、ところどころすり切れている。
「……あんなにおしゃれだったのになあ」
ヒロシは、格好つけだった。
作業服も毎日寝押しして、シャツもきちんと洗って工場に来ていた。
それをわたしは面白いと思っていた。
「……ヒロシ」
高木浩は、長いあいだ寝ついて、放っておかれた老人だった。
「かわいそうに…」
うすい皮膚がはりつき、青黒い血管がボコボコと浮きでた手をそっと撫でる。
まだ暖かい。
「あんまり見てくれるなよ」
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