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「……あれ」
古いアパートのまえにきた。
コンクリートにはひび割れがはしり、雨で錆びた鉄骨が突きでている。
廊下の電灯は切れかけ、点滅しているような古い建物だ。
「あれ、子ども?」
低い塀のうえにまたがり、女の子がひとり遊んでいる。
まわりを見渡したが、親はいないようだ。
「ぎっこん、ばったん。ぎっこん、ばったん」
シーソー遊びのつもりらしい。
「パパとママはどこ?お家に入っていた方がいいよ」
いまは悪い人も多い。わたしは声をかけた。
「パパを待っているのから、いいの」
女の子は前歯のない顔で、にこっとわらった。
かわいい子だ。
ただびっくりするほど、細くて痩せている。
白いパジャマを着ているからいいが、ほかの服ならあっという間に暗闇にまぎれてしまうだろう。
「ママはどこ?」
「……おうち」
ちょっとおびえたみたいに言う。
「おうちどこ?」
「あっこ」
あそこ、が歯のない口で、あっこ、に聞こえる。
二階を指さす。
「つれていってあげようか?」
突然、二階の右端の窓がわれた。
「えっ!えっ?」
なかから、安っぽいピンクのレースのカーテンが飛び出ている。
『ちゃんと正座してろッって言っただろうがッ!!!』
『ギャアアアァァアアァアア……!!』
『こいつめ!!こいつめッ!!』
『ギャアアアアァァアアァ!!!!』
男の罵声。
火がついたついたように泣きわめく子どもの声。
耳がつぶれそうだ。
アパートのほかの部屋の電気が、つぎつぎに点灯する。
周囲はパッと明るくなった。
「うしろ向いてようね」
わたしは女の子の手を握って、そっと身体を道路の方に向けた。
やがて声は静まった。
もう男の声も子どもの声もしない。
「……でも」
変だ。
どうしてこの子のお母さんは飛び出してこないんだろう…。
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