第二夜

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前髪がうすい。 くたびれたサラリーマン風のおじさん。 「見なかった?」 「……誰を、ですか?」 口が勝手に返事をしていた。 ニマァ…と、おじさんは笑った。 (答えなきゃよかった…!!) と思ったけど遅かった。 「お袋を見なかった、おれの?」 「……見てないと思います」 五十歳半ばのおじさんのお母さんだから、もうおばあさん? パッと見たところ、おばあさんはいない。 「まあ、この人混みですから……」 気づけばわたしは、足をとめて生け垣から顔だけ出したおじさんと真面目にしゃべっている。 (この格好だと寝そべってるのかなあ…) 遠くでサイレンの音がしている。 『おい…どうしたんだ…』 『誰かが……』 まわりも、なんだか騒がしい。 「どうしたのかしら…?」 「飛び降りだよ」 おじさんがニヤニヤ笑いながら言う。 おじさんは上半身を生け垣からニュウと出して、腕を振り回して力説している。 「俺は誰にもつかまらないんだ!お袋にだってな…!!」 ファンファンファンファン……救急車のサイレンが近づいてくる。 そのとき、ドサッと大きな音がして三メートル先くらいになにか落ちてきた。 『ビルの屋上から飛んだぞ!!!』 『飛び降り自殺だ!!』 みるみる人垣が、輪になった。 目の前なものだから、わたしも人混みをかきわけて、おそるおそるのぞきこむ。 細いストライプの紺のスーツ。 薄い前髪がアスファルトに張りついている。 倒れている顔は…。 「……おじさん」 わたしは生け垣をふりむいた。 「ばれちゃった……?へへへへ……」 おじさんは、くるりとおしりを向けて生け垣のなかに這いこんでいった。 「へへへへ……」
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