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「ユキちゃん…わたしだよ」
腰をかがめて、やさしく声をかける。
まばらに毛が生えたおせんべいは、グルルルル…と甘えた声で鳴いた。
「長いあいだ待たせたねえ」
おばあさんが抱きあげる仕草をすると、平たくなった肉塊から飛び出た獣が、その腕におさまった。
「もとはきれいな白色だったんだけど」
薄汚れてあばらの浮いた背中を撫でられ、猫は満足気だ。
「……さあ行こうね」
「どこへ?」
「お嬢さんも、はやく行っておやり。ずいぶんここらも変わったから……」
そういうと、おばあさんは猫といっしょに人混みに消えた。
わたしは、ひとり立ちつくした。
夕日が沈もうとしている。
桜並木は、燃えるようなオレンジに染まっている。
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