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「桜の木の下で…桜の木の下で……」
ここ15分くらい、スマホを握りしめたままずっとその言葉を繰り返し呟いて脳味噌に行き渡させている。
いつも楽しみに見ているバラエティの賑わいさえ、「桜の木の下で」に意識を向けている今ではまともに内容すら入ってこない始末である。
言葉一つ一つを丁寧に噛み砕き、やがて飲み込んでは反芻するを繰り返す。容量の乏しい脳味噌では一つのことを捻り出すだけでも時間を要するのだ。
ある日ネットで見つけた「桜の木の下で」をテーマに小説を書いて応募するという企画。
それにこの私も名乗りをあげようというのだ。
だが如何せん、続きが思い浮かばない。
「桜の木の下で、彼氏を待つ…」
いや、恋愛未経験の私に恋愛ものは無理だ。
「桜の木の下には…死体が…」
いやいやいや。サスペンスなんて高度なもの、無理だろう。
先程からずっとこの繰り返し。ぐるぐるぐるぐるロバのように同じところを回っているのである。
私は昔から小説家になるのが夢だった。
文字の組み合わせだけで、
人に映像を見せられる。
匂いを伝えられる。
音楽を伝えられる。
小説家は私にとっても字を巧みに操る魔法使いだ。
私にとって偉大な魔法使いは芥川龍之介氏である。
氏は「数学のできぬものに良い小説はかけない」という言葉を遺しているが、
無論、私は数学は大の苦手である。
だのに私は魔法使いになりたい。
かといって魔法使いになるために具体的な何かを続けてきたわけでもない。
ぼんやりとしたその想いだけを胸にぼんやりと生きてきただけの怠け者の私が、今筆を執る覚悟をしたのは、「桜の木の下で」を見たからに他ならない。
広告をみたというほんの些細な後押しで、戦々恐々だった魔法使いの世界に飛び込む覚悟が決まるのも、単純なものである。
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