白い手

7/8
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 首をすくめていた拓実は勢い良く頷くと、自分と私のシャベルを持って邸へと駆けて行った。  その背中を見送ってから、 「お祖母さまも油絵を描かれていたんですね」  私は祖母に向き直った。 「えぇ」  画材を見下ろして祖母が頷く。近付こうとも、手を伸ばそうともしない。 「いつ、埋めたんですか」 「この旅館を継ぐと決めた日の夜に」  凪いで、揺らがない水面のような。静かな声と微笑み。  白い桜の花弁が、はらはらと落ちる。まるで透けた、青白い手のようだ。祖母の細い足首や肩に絡み付く、何本もの手。 「後悔していますか」 「いいえ」  祖母のきっぱりとした返事に、私は目を伏せる。その何本もの手を、いずれ私のものになるのだろう。望む、望まないに関わらず。  自嘲気味に笑みを浮かべて、 「でも、違う道を選んでいたらどんな人生だっただろうとは思うわ」  祖母の、その言葉に顔をあげる。含みのある祖母の微笑みに、 「……よろしいんですか?」  思わず呟く。立ち尽くす私の目を見据え、祖母は静かに頷いた。  自分の指先に視線を落とす。土の黒の奥に赤い汚れ。油絵具の色だ。  周囲の希望通りの大学、学科に進学するつもりだった。でも、もし許されるのなら――。 「お祖母さま。この画材を、いただいても?」     
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!