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首をすくめていた拓実は勢い良く頷くと、自分と私のシャベルを持って邸へと駆けて行った。
その背中を見送ってから、
「お祖母さまも油絵を描かれていたんですね」
私は祖母に向き直った。
「えぇ」
画材を見下ろして祖母が頷く。近付こうとも、手を伸ばそうともしない。
「いつ、埋めたんですか」
「この旅館を継ぐと決めた日の夜に」
凪いで、揺らがない水面のような。静かな声と微笑み。
白い桜の花弁が、はらはらと落ちる。まるで透けた、青白い手のようだ。祖母の細い足首や肩に絡み付く、何本もの手。
「後悔していますか」
「いいえ」
祖母のきっぱりとした返事に、私は目を伏せる。その何本もの手を、いずれ私のものになるのだろう。望む、望まないに関わらず。
自嘲気味に笑みを浮かべて、
「でも、違う道を選んでいたらどんな人生だっただろうとは思うわ」
祖母の、その言葉に顔をあげる。含みのある祖母の微笑みに、
「……よろしいんですか?」
思わず呟く。立ち尽くす私の目を見据え、祖母は静かに頷いた。
自分の指先に視線を落とす。土の黒の奥に赤い汚れ。油絵具の色だ。
周囲の希望通りの大学、学科に進学するつもりだった。でも、もし許されるのなら――。
「お祖母さま。この画材を、いただいても?」
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