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残っていた日本酒を空けて、いい感じに酔っ払ったふたりは、暖房のあたたかさにうつらうつらし始める。まったく、正月三が日飲んで食べてだらだらしているだけのふたりは、普段会社にいるときとは全然違う人物だ。特にカズヒサがふにゃふにゃで、会社の人間に影で鉄仮面と呼ばれている厳しい印象がまるでない。甘ったれで優しい、タイガだけに見せる面がだだ漏れだった。それがタイガは嬉しくて、ついつい飲みすぎてしまう。
「カーズヒーサさーん」
「なんだ」
「俺のアルバム見たいとか、言ってくれませんよねー。興味ないですかー?」
「なくはないけど、あんのか?」
「ありまーす」
「無理に見せろとは言わないけど、見せて貰えるなら見たいな」
「んもー、素直じゃないんだからあ」
ちょっと待っててくださいねっ、とうきうきタイガが自室にとあてがわれた部屋に消えた。そしてガサガサ音を立てると、両手いっぱいにアルバムを持ってくる。
「はーい、アルバムでーす」
タイガは、カズヒサの過去を知りたいように、自分の過去も知って欲しかった。もう、過去から現在未来まで、全部知って欲しい、と切望する。そして同じくらいカズヒサの過去から現在未来をすべて知りたいと思う。知らない事がないようにしたい、と思う。普段そんな事を言ったら、鬱陶しがられてしまう。が、正月で飲んでいて休みで特にする事もない今なら、受け入れて貰えそうだった。
「うっわ、ハーフみたいだな」
日の光の中で裸に剥かれた赤ん坊のタイガは、茶色のクリクリの髪の毛と、紅茶色の大きな目が ぱちぱちとしていて、西洋人とのハーフの子どものように愛らしい。片手に持ったクマのぬいぐるみの方が大きいのもご愛敬だった。
「あー、この頃はまあハーフに間違えられてましたねえ。でも、もう顔あんまり変わんないでしょう?」
「そうだな。それに可愛いよ、この頃の方が」
「えー、今可愛くないですか?」
「可愛くは、ないだろ。大体23歳の男で直球で可愛いのって不気味だろ。うーん、なんと言うか、愛らしいとこはあるけど、可愛いとは違うかなあ」
「えー、じゃあブサカワなんですか?」
「不細工じゃないだろ。どっちかってーと彫りは深いし、外人ぽいし……格好いい?かな?」
「ひゃー、典型的な美形のカズヒサさんに言われると、痒いですね」
「なんだそりゃ」
「そのものですよ」
ぺらり、とアルバムをめくると、カズヒサのとは違い愛情が溢れている写真がたくさんあった。レンズの中で笑ったり泣いたり、弟らしき赤ん坊とじゃれていたり、顔中クリームまみれにしていたり、とにかく色んなタイガがいた。そんなタイガの表情に異変が起きたのは、中学生頃だった。アルバムの髪の部分が、乱暴に黒のマジックで塗りつぶされている。何人かのクラスメイトの顔が、赤のマジックで塗りつぶされて異様な雰囲気だった。
「……これは?」
「まあ、髪の色とか目の色とか、天パを咎められて、ちょっとひねてました」
「この赤いのがいじめてた当人か」
「多分……覚えてないんですよ、本当に発作的にやったんで」
「苦労したな」
「いえ、目立ちますからね。仕方ないです」
「ホントに茶色いもんなあ」
「何でなんだか、病院も行って調べたんですけど、分からなくて。でも、分からない事証明してもらって学校に出したら、先生からはなにも言われなくなりましたけれど。毎年病院行って、原因不明の一筆貰ってました、3年間」
「そっか。大変だったなあ」
「でも高校は割と自由で、そんなに言われなかったです。ただ、先輩とかうるさくて」
「へえ」
「モテるためにやってるんだろうとか、散々言われました。この頃はコウモリみたいにあっちこっちと上っ面だけ仲良くして、上手くやってるつもりでいましたね」
そこには、普通の高校生と同じように、友達らしき何人かとふざけている写真が何枚もあった。
「俺は誰にも本当の事を言わなかったし、みんなも俺には本当の事を言わなかったですね……寂しかったですけど、それでいいと思ってました」
「本当の事なんて、ひとり分かってくれてればいいだろ。それも無理なら誰も分かってくれなくていいんだよ。いつか分かってくれる人が、現れるまで待ってればいい」
「……俺、カズヒサさんに分かって貰えれば……それでいいす」
すり、とタイガが嬉しそうにカズヒサに寄り添う。
「うん──俺も──」
カズヒサの言葉に、安堵の表情でタイガが少し笑った。
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