第1章

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 がちゃがちゃとタイガが食器を洗っている横で、カズヒサが立ったままつまみもなしにビールを飲んでいる。 「あ、いいなー」 「お前も飲んだらいい」 「なんか今日は酔っ払っちゃいそうです」 「いいだろ、明日休みだし」 「いいですかね」 「構わんだろ」  飲んじゃお、といってタイガが食器を洗い終わった手を拭くと、飲み物用の冷蔵庫からビールを1本取り出す。プシュ、とプルタブを開けると、ごくごくごく、と旨そうに飲んだ。 「っあー、(うんま)」 「なんかつまみになりそうなもんあったっけ」 「あ、カマンベールチーズがありますよ」 「ああ。じゃ、それ切るか」 「だいじょぶです、切れてるヤツですから」 「おー、いいタイミングだな」  バコ、と冷蔵庫を開けてカマンベールチーズの箱を取り出す。びーっと箱を開けると、プラ容器に入ったチーズを取り出すべく、セロファンの蓋を剥がした。カズヒサが新しいビールの缶をふたつ持つと、その後ろにカマンベールチーズを持ったタイガが続く。テーブルに並んで座って、タイガがカマンベールチーズの包み紙をぺりりと剥いて、ひとくちぱくり。 「美味しいですねえ」  ぐびぐびとビールを飲んで、プハア、と息をつく。 「今度はブルーチーズも買っとくか」 「いいっすね!あれのパスタが旨いんですよね」 「ああ、旨いな。ロック・フォールとか、スティルトンとか、買いに行くか」 「両方旨いけど、ちょい高いですよね」 「まあ、ちょっとだけな。そんなに気にするほどじゃないよ」  ごくごく飲んで、パクパク食べて、すっかりいっぱいだったはずの腹が、また満たされていく。 「──お前、手え荒れてんな」  ふ、と気がついたようにカズヒサが口を開く。洗い物全般をほぼ請け負っているタイガの手は、すこしかさついている。 「にゃ?ほーれすか?」  飲んでいるせいか、口のよく回らないタイガが、ほやーと笑う。 「ペタガードあったよな」  戸棚の中をごそごそして、白いプラスチックの円形のケースを取り出す。 「ほい、手え出せ」  ぱか、とフタを開けて爪の先程の少しをすくいとる。 「んー、いいれふよう」 「いいから手え出せ」 「ふぁい」  かたん、と缶を置くと、両手を出す。ビールで血行がよくなったのか、ほんのり赤い。 「ちょっとじっとしてろよ」 「ふぁい」  ヌリヌリとペタガードと言うワセリンの感触を軽くしたようなクリームを塗っていく。 「……ふふ」 「なんだ」 「これ、ちょっとエッチれふね」 「お前はなあ」 「らって、がっつり手ぇ絡み合ってんれふよ。エッチれふ」 「あー、エッチでもなんでもいい、これでその手荒れが治るから」  あたたかな手と手が絡み合いスリスリクリームを塗り込んでいく。確かにエッチかもなあ、とカズヒサも酔った頭でそう考えながら、とにかく荒れた大きな手を労るようにしていた。 「はい、終わり」 「えー、もうれふか」 「塗ったろ」 「そうれふけろお」 「1分くらいなんにも触るなよ、ベタベタするから」 「ふぁーい」  手をプラプラさせて、ごく幸せそうににへ、とタイガが笑った。
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