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「今年も綺麗ね」
花を咲かせる時期になると必ず二人でやってきて、寄り添いながらわたしを見つめる老夫婦。言葉を発したのは女の人だけだったけれど、男の人の方も同じようわたしを褒めてくれているの、見ればわかるわ。
この二人が初めてここに来たのは、まだ幼子だったころ。元気いっぱいにわたしの周りを走り回って、何度も笑い、そして転んでは泣いていたわ。けれど、やがて転ぶくらいでは泣かなくなり、一緒に来ることもなくなった。
とてもとても懐かしい。可愛らしい子供は見かけるたびに成長し、大人に近づいていく。そしてある日、ぱったりと来なくなっていた二人がわたしの下で緊張した面持ちで向かい合い、地面ばかりを見て動かないときがあった。そういえば、あの時もわたしは花を咲かせていたわね。散らせるには早いころだったけれど、もしそうだったら二人の頭にすっかり花びらの山ができてしまうくらいの時間が経ってやっと、男の子が真っ赤な顔で口を開いたわ。
「好きだ」
聞いた瞬間、女の子はこぼれた涙を隠すように顔を覆って、私も、と小さく呟いた。
もうずっと昔の話、それから二人は毎年わたしの花を見に来るの。お喋りだったり、仲直りの印だったり、プロポーズだったり、赤ん坊と一緒だったり、また二人に戻ったり。目的を変え、歳を重ねながら、いつもわたしの花を見に来るの。
艶やかだった二人の黒髪はすっかり白く変わってしまったし、シャンとしていた背筋も曲がってしまったけれど、二人の顔はいつ見ても幸せそうに輝いているわ。
「ねぇ、おじいさん。ずっと思ってたけどこの桜、昔より花の色が濃くなった気がしない?」
「そうか?」
「もっと薄いピンク色だったような……気のせいかねぇ」
いつの日も鋭いのは女性なのかしらね。彼女の言葉は間違っていない。折角気づいてくれたのに、正解と伝えられないのが残念だわ。わたしの花は毎年色を変えていっているの。
わたしは太陽がなければ枯れてしまう。雨がなければ枯れてしまう。『それ』はなくても枯れないけれど、わたしにとって一番大切なもの。
わたしの花を色づかせるのは、わたしの花を毎年綺麗にするのは、太陽でも雨でもなく、私の下で起きる幸せなこと。鳥が、猫が、犬が、人が、私に伝える幸せなこと。たくさんたくさん蓄えて、また来年も、わたしは花を咲かせるの。蜜が美味しくて美しく色づいた、綺麗な、綺麗な花を。
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