さよならの季節

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 私は今日この街を離れる。  周辺で大規模な再開発を行うらしく、公園の入り口には黄色い工事中の札が立てかけられ、雑多な人の侵入を拒んでいた。  私は今日この街を離れる。  隣人達は早々に新しい土地へと移転していった。  言葉も無ければ涙もない、実にあっさりとした別れだった。  私は今日この街を離れる。  市内一位の敷地面積と紹介されたこともあるこの公園は、まるでその広さを強調したいかの様に閑散としていた。聞こえる音は風と、隣接している車道から投げかけられるエンジンの音だけだった。 「そろそろ行くぞ、ジジィ」  排ガスの匂いを漂わせながら、雄二がやってくる。  子どもの頃から見知ったその顔は、今や一流の職人という貫禄を漂わせていた。 「本音を言えば、別れの挨拶で一杯、といきてぇモンだけどよ」  まだ仕事だ。と、ねじり鉢巻を締めなおしつつ白い歯を覗かせる。 「しかし――静かなもんだ」  日焼けと泥で黒くなった頬を、肩の辺りの布地で拭いつつ、ふと、雄二が振り返る。  広場のほうに投げかけられた視線の先を、私は追う。 「なぁんにも無くなっちまった。俺のガキの頃あったもんが、全部」  かつて公衆電話があった場所は、かろうじて土台であったコンクリートが砂に埋もれずに残ってい る程度の面影しか残っておらず、遊具のあった辺りには無機質な白いビニールシートが被せてある。”桜木公園”の名前の由来となった多くの桜たちはほとんどが切り落とされ、名残を見せるのは残す所あと一本だけであった。 「こうしていると、花見だけじゃなく、祭りの出店とか、仮装大会とか、甘酒の炊き出しとか。植樹体験とか――色々を、町興し、ていうのでやってたのによ」  雄二の言葉に合わせて、私の内では走馬灯のように喧騒が浮かんでは消える。  泣き声が、  笑い声が、  砂利を踏む足音が、  自転車の軋む金属音が、  50年間分の多くの人影たちが、ゆっくりと広場を吹き抜けた風とともに去っていく。 「不思議なもんだ」  風がようやく止んだ頃に、雄二はポツリとそう呟いた。
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