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それ以来、ふたりは隠れて会うようになった。
コウヘイは、仕事が終わったあと独学で勉強するようになったが、やはり解らないところが出てくる。それをハルにあった時に教えてもらう。
ハルはハルで、コウヘイに教えなくてはならないから、先生に根掘り葉掘り訊く。そのおかげでハルの成績は上がることになったので、その事をコウヘイに言うと我が事のように喜んでくれた。ハルはますますコウヘイの事が好きになっていく。
やがてふたりは勉強だけでなく自分たちのことも話すようになり、ノートの端に今日あったことを記し合い、それは交換日記となり、会えない時は二人だけの秘密の場所に置いて互いに連絡を取るようになった。
そして2年が過ぎ、ハルはもうすぐ女学校を卒業する時期になろうとしていた。
コウヘイの方は、会社でめきめきと結果を出していたので現場主任となっていた。給料も上がったこともあり、新しい社員も来るという事で退寮して近くのアパートでひとり暮らしをはじめていた。
休日になると、ハルがやってきて一緒に食事をしたり本を読んだりして過ごすのが当たり前となり、口には出していないが、ふたりとも将来は一緒になろうと心に決めていた。
ところがふたりには予想外の事が起きる。ハルに縁談が持ちかけられたのだ。
相手は会社の大口取引先のイギリスのマンチェスターにある大手繊維メーカーの社長の息子で、父親とともに来日して挨拶に来たときに、ハルに一目惚れしたらしい。
ハルの父親は大乗り気でこの話を薦めるが、ハルは頑なに断った。しかし父親はそれを許さなかった。
いっそコウヘイとの仲を打ち明けてしまおうかと考えたが、下手をすればコウヘイに迷惑がかかると思い躊躇する。悩んだ末、コウヘイに縁談の話が来ていることを話すことにした。
「……」
コウヘイは何もこたえられなかたった……。
かたや大手企業で大口取引先の社長の息子、いっぽうこちらはまだ現場主任程度の従業員、敵うはずもなかった。己の無力をこれほど感じたことは無い。
「ねぇどうしようコウヘイ、なんとか言ってよ、ねぇ」
「うるさい、お嬢様のお前なんかに俺の気持ちなんかわかるものか、さっさと嫁にいけばいいだろ、異国の地で金持ちと幸せに暮らすがいいさ」
思いもよらなかった言葉にハルは傷つき、家に帰って泣き続けた。そして傷心のまま父親に従い結婚して、イギリスへと渡っていったのだった。
そして数十年後の今、故郷のハギワラ町で暮らしている。
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