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あの時、駆け落ちしてたらどうなっていたかしらとハルは思ったが、今さらよねと考えるのをやめる。
静かで穏やかな日差しの中、少しうつらうつらしながら編み物をはじめる。そこへ、お店の扉が勢いよく開き誰が入ってきた。
「ハルさん、会いたかったですぅ」
それは愛菜だった。
「愛菜ちゃん!! 」
編み物の手を止め思わず立ち上がろうとするが、それより早く愛菜が来てハルに抱きついた。
「会いたかった、会いたかったです、ハルさん」
「わたしもよ愛菜ちゃん、心配したのよ、どうしてたの、どうしたのよ」
「それがね」
愛菜が話しかけた時に、ふたたびあんてぃくの扉が開く。それと同時に元気な泣き声が店内に響き渡った。
「愛菜、また泣き出してしまったよ」
「んもう、雅之さんはいつになっても抱くのが下手ね」
「この子たちがお前から離れたくないんだよ」
落ち着いた大人となった雅之が、ふたりの赤ん坊を抱きながら入ってきたのだ。それを見てハルは驚く。
「愛菜ちゃん、ひょっとしてその子たちって」
愛菜は両方を抱きかかえながら、誇らしげにこたえる。
「すごいでしょハルさん、あたしが産んだんだよ。すずしろとすずな、一卵性双生児の男の子」
「双子?! 」
あらためて愛菜を見ると、か弱い女子大学生ではなく逞しく心強い母の姿になっているのを感じた。
「御二人にはお世話になったのに、挨拶もしないうえ心配かけて、どうもすいませんでした」
身体が空いた雅之が深々と頭を下げる。マスターもホールに出てきて、元気で良かった、これまでの事を教えてほしいと愛菜達に訊ねた。
マスターが紅茶の用意をしたあと、4人は同席して愛菜達が話し始める。
ケータイで話し合っているうちに、想いが募った愛菜が、ふたりでどこか遠いところにいって暮らそうと言い出した。
雅之もその気になりかけたが、愛菜よりは冷静だったので周到な計画をたてるからもう少し待ってと説得する。
両家の問題は突き詰めれば、遥か昔からある[伝統と革新]の問題であると雅之は思い、それを解決するために大学時代に専攻した農業経済学をあらためて学び直す事をかねて、ふたりで姿を消し、ショックを与えて両家に考え直してもらう計画を立てた。
「そんな事考えてたの」
「じつはお互いの父親が意地を張り合っていただけで、母親同士はそれほどでもなかったんです。それが後押しともなって、まあ半分芝居みたいな感じでふたりで出ていきました」
ハルの呆れ声に、雅之が照れくさそうにこたえた。
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