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愛菜は大学に休学届けを出し、雅之は仕事の引き継ぎを用意して、出ていく理由を互いに書き置きして駆け落ちを決行した。
「恩師の名前で部屋を借りて、ふたりで暮らしながら僕は働きながら学び直し、愛菜もパートで家計を助けてくれて」
「楽しかったよね」
雅之の言葉を続けて屈託無く言う愛菜に、苦労してなくて良かったとハルは心から安堵した。
両家の父親達が雪解けムードになった時に、共存する計画を持って説得をするというつもりだったが、予想外というか当然のというべきことが起きた。愛菜が身籠ったのだ。
それなら計画を変更して、子供ができたから結婚を許してくださいということにしようかとなったのだが、ひとりではどちらの跡取り息子になるかで、もめるのも想像できた。
「じゃあ、ふたり産んでから戻りましょ」
今の生活が気に入ったのか、愛菜が嬉しそうに言う。
とりあえず出産に心細いだろうからと、愛菜の母親に連絡して来てもらい、準備に取りかかっていると、意外な事がわかった。双子だったのだ、しかも男の子の。
これならどう転んでも大丈夫だろうと、雅之はハギワラ町に戻り、まずは商工会に働きかけ共存計画を話した。
「あとはまあ、愛菜が無事出産して退院して、すぐに商工会に行き、そこでお互いの父親に子ども達を見せたわけです」
「どうなったの」
「今のところ、ふたりとも茫然としてます」
まだどうなるか分からないが、たぶんいい方向に話は向かっていくだろうと、ハルはそう思った。
「だけど気の長い計画だったのねぇ、子供ふたりなんて早くても3年近くかかるでしょう」
「農業なんてそんなものですよ、品種改良に何十年もかけるんですから」
ずっと繊維業界にいたハルにはその感覚は理解しづらかったが、そんなものかなと納得する。
「それにしても運良く双子できて良かったわね」
「それは……、雅之さんが頑張ったから……」
顔を赤くした愛菜の消え入りそうな声に、ハルはつい吹き出してしまった。
「頑張ったってあなた、ほっほほほほ、ごめんなさい、つい、でも、ほっほほほほほほ」
ハルは目に泪を浮かべながら笑い続ける。その姿を照れくさくもじもじしてながら見ている愛菜と雅之。
ひとしきり笑った後、泪をハンカチでふきながらハルは慶びの言葉をかける。
「ごめんなさい、笑っちゃいけないわよね。でもこんなに痛快な出来事、生まれてはじめてよ。おめでとう」
ようやく話せるようになったハルは、あらためて心から祝福をのべた。
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