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え、そんなとこ見られていたの。
「あとはね、注文したのもあまり手をつけずにずっと外を見ていて、なにか見つけたら急いで飲んで出ていったからかな」
愛菜は恥ずかしくて消え入りたくなった。その姿を見て老貴婦人は謝罪するように言う。
「ごめんなさい、からかうつもりはないのよ。でも貴女が輝いて見えたから、つい気になってしまったの」
輝いているって、あたしが? 老貴婦人の言葉にどきりとした。顔が熱い、赤くなっていくのが分かる、思わず頬に手をあてた。
「待ち合わせにまだ時間があるのなら、こちらで話し相手になってくださらないかしら。恋人さんがお見えになるまででいいから」
老貴婦人の誘いに愛菜はうなずき、傍らに置いていた上着とバッグを持って席を移った。
「あらためまして初めまして、お嬢さん。私の名前はハルよ」
「あたしは愛菜、愛という字と菜の花の菜で、ラナと読みます」
「そう、いいお名前ね。ご両親はベジタリアンなのかしら」
「いえ、そうではなくて、ただの野菜農家です。ただ本当に野菜が好きらしくて、こんな名前を付けたって、お母さんが言ってました」
「そうなの、それじゃとても美味しいお野菜を作られているのね」
「はい」
愛菜は少し勢いよく答えた。その様子にハルは嬉しそうに微笑む。
そのあと、本当にうちの野菜たちは美味しい。子供の頃、みんながキライだと言っていたピーマンやタマネギ、ニンジンもキライになったことはない、本当に美味しいと、まるで家族を自慢するように言葉を続ける愛菜に、ハルは好感を持つのだった。
カラカランと入り口の扉に付いた小さい鐘が鳴る。
店に入ってきたのは長身の男だった。髪は短く整えて、爽やかそうな顔立ちに、山吹色のセーターと少し褪せたジーンズがよく似合ってた。
「愛菜」
声をかけられて愛菜は嬉しそうに振り返る。
「雅之さん」
誰が聞いても恋する乙女だとわかる声で返事をしたので、ハルは思わずくすりと笑う。
「ケータイ鳴らしたのに気づいてもらえなかったから……、こちらは」
慌ててケータイを取り出し、確認する愛菜は申し訳無さそうに謝った。
「はじめまして雅之さん、愛菜さんが悪いんじゃないわ、わたしが引き留めてしまったの、ごめんなさいね」
ハルが上品に頭を下げたので、雅之は恐縮する。
「ハルさん、今日はありがとうございました。それじゃ」
挨拶もそこそこに愛菜は支払いを済ませると、雅之より先に出ていき、雅之はしばらく待ってからハルとマスターに頭を下げて店をあとにした。
窓越しに二人を見送るハルに、紅茶のお代わりを次ぐために席に寄るマスターが話しかける。
「なにか気になるのですか」
「ちょっとね。あら、ありがとう、ところでアナタも何か気になっているのかしら」
静かに注がれる紅茶を見ながら、ハルはマスターに問いかける。
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