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春の陽だまり
春の暖かさが心地良くなってきたわ。
あんてぃくの窓から注ぐ陽の光を浴びながら、ハルはそう思った。
あのふたりどうしているかしら、と毎日のように思って一年ほど経とうとしていた。
相変わらず愛菜と雅之の行方は知れず、ハルもさすがにもう会えないと感じはじめていた。
「またあのふたりを思い出しているのですか」
注文するまでもなく出てくる、ハルがいつもたのんでいるセイロン産の紅茶を持って、マスターがやってくる。
「だって気になるじゃない」
「それはそうですが、気にしてもどうにもならないでしょう。昔と違って豊かになってますし情報もあふれてます、きっと幸せにやってますよ」
「昔とちがってね」
少々トゲのある言い方でハルはこたえると、紅茶を口にして愛菜と同じ歳の頃を思い出していた。
ハルの生まれた家は壱ノ宮にある毛織会社で、当時は高度成長期時代、機織り機がガチャっと織れば一万円儲かるといわれてた、いわゆるガチャマン景気とよばれた頃だった。
中学を卒業して名古屋の女学校に通っていた頃、コウヘイと出会った。コウヘイは集団就職で九州から出てきた子で、工場の敷地内にある寮に住んでいた。
毬栗坊主で汗とホコリにまみれながら、機織り機の動かし方や整備修理を上司や先輩に小突かれたり怒鳴られたりしながらも、泣き言を言わず頑張っている姿を見て、同い年ということもあり、ハルは遠くから心の中で応援していた。
ある年の7月下旬の週末だった。
壱ノ宮のイベントの1つ[おりもの感謝祭七夕まつり]が市の中心にあるアーケード商店街でおこなわれていた。
日本3大七夕まつりのひとつともいわれているこのお祭り騒ぎは、市内に住んでいる者はほとんど見物に行くほどで、芋洗い状態の人での中、ハルも女学校の友達達を案内がてら見に来ていた。
「すごいわねハル、壱ノ宮ってこんなに賑やかなんだぁ」
「名古屋に住んでいるあなたに言われると、くすぐったいわ。でも褒めてくれてありがとう」
浴衣姿のハル達は、アーケード内の大きな飾りつけをくぐりながら、仰ぎ見たり、夜店の輪投げや風船釣りを楽しみ、綿飴を食べたりして楽しんでいた。
じゅうぶん楽しんだあと、友達を駅まで見送り、ハルも電車でハギワラ駅まで帰っていくが、そこで同じ車両にいたコウヘイ達を見つける。寮の皆と七夕まつりを行った帰りのようだった。
声をかけようと思ったが、仲間たちとの楽しい雰囲気に遠慮してしまい、黙って隣の車両に移っていくのだった。
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