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車両を移っても降りる駅は一緒なので、彼らに見つかってしまった。向こうも社長のお嬢さんという事で、どう接していいか分からずによそよそしくしている。
「お嬢さんはどうやって帰るんですか」
精一杯の勇気をふりしぼって話しかけてきたのは、コウヘイだった。
ハルはなぜか顔が赤くなっていくのを感じながら、家の者が迎えに来るとこたえる。それなら俺達は門限があるから先に帰りますと言うが、リーダー格の男が、コウヘイに残るように言う。
「なんで」
「お嬢さんを一人きりで待たせるわけにはいかないだろう、寮長には俺から言っておくから、迎えが来るまで見張ってろ」
いちばん年下だからハルが警戒しないだろうと判断されたらしい、コウヘイは不満顔でしぶしぶ引き受けた。
「ごめんなさいね」
皆がいなくなったあと、ハルはおずおずと声をかける。
「お嬢さんのせいじゃありませんから」
そっぽを向きながらこたえるコウヘイに、ハルはどう接していいか分からずに、もじもじする。そして無言のまま時が過ぎ、迎えに来たクルマにハルは乗り込むと、コウヘイも一緒にと言おうとしたが、そのままドアを閉められてしまい出発してしまった。
コウヘイは慣れない土地の暗い夜道をひとりで帰っていき、事情を話し忘れたリーダー格のおかげで、門限を破ったとして寮長に叱られてしまう始末だった。
そんな事があってからハルはますますコウヘイのことが気になっていくが、話しかけることが出来ず、今までどおり遠くで見つめるだけの日々が続いた。
そんなふたりに、転機がおとずれる。
コウヘイの頑張りが認められ、社内で表彰されることになったのだ。社長であるハルの父親は、皆の前で表彰し褒めると、何か欲しい物はないかと訊いた。
「俺、いや、僕、学校にいきたいです、もっと勉強したいです」
それは仕事に差し支えるからと、やんわり断られてしまう。それを見たハルは学校でそのことを先生に相談すると、夜間学校の存在を教えてもらい、それを父に話すが、余計な事をしなくていいと叱られてしまう。
しょんぼりして落ち込むハルだったが、コウヘイのために何かしたい気持ちが抑えられず、自分の使っていた教科書と新しいノートをプレゼントすることにした。
皆の目を盗み、コウヘイに話しかけひとけの無い場所に呼び出すと、それを渡す。
ありがとうございますと、嬉しそうに頭を下げるコウヘイの笑顔が、ハルの心にはじめての感情を芽生えさせたのだった。
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