0人が本棚に入れています
本棚に追加
“その男”の話を聞いたのは、貴重な昼休みも終わりに近付いた午後十二時四十二分。
東の峰から燃え上がり、絶頂へ昇る以前に大地を炎で焼き尽くすほどに盛んであった真夏の太陽が、あっさりと分厚い雨雲の塊に呑み込まれてそのエネルギーを全て、洪れる水の流れへ転化させられ始めた時分だった。
近未来的なデザインが売りという学食兼カフェの建物の二階から、追われるように走る学生達の姿が見える。今月の残り少ない給金をはたいてエアコンの効いたカフェで食後の紅茶を楽しんでいたはずの私は、西南の空から飛来した災難の中に敢えてその身を投じる無意味な口実を考えていた。
構内の北端に位置するこの建物から、私の働く研究室までの距離は歩いて数分。決して遠くは無いけれど、走っても傘を差してもどうしても濡れてはしまうだろう。お気に入りのパンプスを泥まみれにはしたくなかった私は、雨が降り始めてから何度もテーブルを離れることを躊躇い。白いカップを右手で揺らして、少しだけ残った薄いベージュのミルクティをかき混ぜた。
スカートが短かすぎたか。それとも私には見えない何かが付いているのだろうか。研究室用の汚れた白衣の裾からテーブルの脇へ放り出すように組んだ私の足元へ、容赦のない視線を浴びせる男がいる。
一階の食堂でその男に気が付いた私は、食事を終えて二階へ行き。何度か席も変わったが、その度、視線はついて来た。最早、この不快から逃れる術は建物を離れるほかに無いと思い詰めたとき、雨が降り始めてしまった。
最初のコメントを投稿しよう!