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普段、如何ほどの大きさをもって口腔内に幅を利かせている器官であったのか、意識して計ったことすらなかったそれは、既にその時点で異常の推定範囲を超越した大きさまで成長していた。
あらゆる方向へ成長することが出来るらしい“かつて舌であった物体”は、自己の終の棲家であったはずの口内を完全に塞いでもなお増大を続け、外へと向かう欲求に押し出されるように垂直に、洗面台の上を伸びていく。まるで救済を求め地獄から這い出してくる亡者のように、苦しみに歪んだ“それ”は明らかに人間の“顔”そのものの形状をしていた。呻き声も出せないほど、口腔を完全に塞がれているにも関わらず窒息してしまわない理由は、薄暗い洗面所の鏡に映った“これ”だろう。
数分前まで、自分のものだと思っていた“そいつ”は、既に自分の一部であっても自分そのものではない。神経の何処かで辛うじて繋がっている“そいつの中”から
(一刻も早く、この情況から逃れたい)
という強い意志のようなものが伝わってくる。
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