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男は、それ以来他人を避けて生活している。
誰かに事情を話して、助けを求めようとすらしていない。
ただ、ひたすらにその男は“舌”が戻ってくるのを待っていた。
“不意の事故”で大切なものを失った男は、何時の日か戻る“それ”を待ち続けるあいだ全ての現実を拒否したのであった。
逃亡した舌のために声が出せなくなったことが原因ではなかった。
不実な舌による裏切りを受容することが出来ない。自己の完全性に対する欠損を肯定することを忌避したが故の孤独が、男の唯一の拠り所だった。
他人と顔を合わせずとも、交流を行う手段など幾らでもある。
それでも男は自らの姿、存在を否定し、現在の自分を認識できる全ての他者から隠匿した。
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