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かつて存在した“男”へ宛てた通信には、自分に成りすました他人として返事を送り。現実の肉体に宿る精神には、これまでに存在したことの無かった別の人格を演じさせて生活する。そうして、かつて存在した“男”は遠くへと旅立ち、残された住居には見知らぬ“他人”が新たに住み始めた。
旅に出た“男”の消息は何者にも知られることなく十日、二十日と時は過ぎ、最早かつての“男”の生存を探ろうとする人間も現れない。
水分以外摂ることが出来ずに、すっかりと痩せ衰えた“かつて此処に住んで居た男だった他人”は、カーテンの閉じた部屋の中で、灰色の天井を色の無い枕に乗せた空洞の頭蓋から眺めて最後の涙を一滴溢した。
かつて居た自分は何処にも居ない。
此処に居る“誰か”も、すぐに居なくなるだろう。
“何故か”を考えることに、意味など無かった。目の前に、決まりきった未来が待っている。男は、事実を受け入れる覚悟した。
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