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「いやね、あの時私、気絶してて、階段で目が覚めた時には、揉み合った記憶はあったんですけど、具体的に何が起こったんだか、さっぱりわからなくてですね、そしたら服には血がついてるわ、手にはナイフがあるわ、階段下には血まみれで倒れている男がいるじゃないですか!それでてっきり私、自分が人を殺してしまったのかと思いまして…」
「それでわざわざ面倒臭いアリバイなんか作ったわけですか。まあお疲れ様と言いますかご苦労様としか言いようがありませんけども、ハハハ」
「どうもすいません!」
「しかし自分が人を殺したと思い込んだ時、自首しようとは思わなかったんですか?」
「すんません!」
謝るしかない、謝るしか。
「ハハハ、いやいや、まあいいですよ。あなたはナイフで襲われた被害者なんですから。たぶん、襲われて揉み合ってる時にあなたがナイフを取り上げたんでしょうな。犯人側に刺し傷はありませんでしたから、衣服の血はあなたのものじゃないですかね?」
あ、そう言えば…
塚原は着ていたシャツをめくり、腹部を露出させて、その箇所を確認した。
小さな擦過傷があり、すでに血は止まっているが、これは階段で転んだ時に擦りむいたものではなく、ナイフで刺されそうになった時に、ナイフが腹部を掠って出来た傷というわけか。
「たぶんその傷はナイフが掠めた痕でしょうな。掠めただけで大事に至らなくて本当に良かったです」
越前屋は優しそうな表情でそう口にした。
案外優しい、いい刑事さんなんだな、このシルクハットのサーカス刑事は。
塚原は越前屋を見直した。
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