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桜風会は18時から
この辺りでは、18時になると桜の樹の下に、どこからともなく人が集まってくる。
中心となるのは、小高い丘の上、堂々とした桜の大樹。
伽藍のように花房を携えたその樹を、ひとり、またふたりと囲んでいく。
会の名前は「桜風会」。
高齢者が多そうなネーミングだけれど、私のように10代の子もいる。
私は2回目の参加だ。
「18時から、って結局、空の色が紫になるのを目安にやってくるしかないんだよね」
私を桜風会に誘ってくれた雪枝さんが、となりで微笑む。
彼女は30代くらい。ボブショートの髪で、とても顔が小さく、耳が大きい。色も白くて、和風美人のお姉さん。
「時計やカレンダーがないって、不便ですね」
私がこくこくと頷く。
この世界には、数字を使うものがほとんどない。
お金もないし、重さもない。
なぜなら、ここは、天国だから。
「この空の色見ると、なんだか粉ものが食べたくなるのよね」
「私は、カレーライス!」
もう肉体の無い私たちは、空腹に苦しむことはないのだけど、夕暮れ色の空を見ると、なんとなく口寂しくなる。
ほっそりとした大和撫子の雪枝さんでもそうなのだから、育ち盛りだった私は、部活帰りの記憶がーー晩ごはん、何かな、と飛ぶように帰った家路が蘇ってしまう。
「おいしいもんねえ、カレー」
「私が作ると、家族には不評でしたけど」
笑い合っていると、
「みなさん、こんばんは」
朗々とした声が響いて、『桜風会』が始まった。
樹の真下に立つ、大柄な男性が主催者だ。
筋骨たくましいその姿は、およそ桜の花には似合わない。
どうしても、彼と桜を結びつけるなら、ごつごつした黒い幹がいいだろう。
焼きたてのパンみたいな力こぶと、浅黒い肌。
年齢は30代半ば。
薄汚れた白シャツ姿の彼を、みんな、アベさん、と呼んでいる。
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