桜風会は18時から

1/2
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

桜風会は18時から

 この辺りでは、18時になると桜の樹の下に、どこからともなく人が集まってくる。  中心となるのは、小高い丘の上、堂々とした桜の大樹。  伽藍のように花房を携えたその樹を、ひとり、またふたりと囲んでいく。  会の名前は「桜風(おうふう)会」。  高齢者が多そうなネーミングだけれど、私のように10代の子もいる。  私は2回目の参加だ。   「18時から、って結局、空の色が紫になるのを目安にやってくるしかないんだよね」  私を桜風会に誘ってくれた雪枝(ゆきえ)さんが、となりで微笑む。  彼女は30代くらい。ボブショートの髪で、とても顔が小さく、耳が大きい。色も白くて、和風美人のお姉さん。 「時計やカレンダーがないって、不便ですね」  私がこくこくと頷く。    この世界には、数字を使うものがほとんどない。  お金もないし、重さもない。  なぜなら、ここは、天国だから。 「この空の色見ると、なんだか粉ものが食べたくなるのよね」 「私は、カレーライス!」  もう肉体の無い私たちは、空腹に苦しむことはないのだけど、夕暮れ色の空を見ると、なんとなく口寂しくなる。  ほっそりとした大和撫子の雪枝さんでもそうなのだから、育ち盛りだった私は、部活帰りの記憶がーー晩ごはん、何かな、と飛ぶように帰った家路が蘇ってしまう。 「おいしいもんねえ、カレー」 「私が作ると、家族には不評でしたけど」  笑い合っていると、 「みなさん、こんばんは」  朗々とした声が響いて、『桜風会』が始まった。  樹の真下に立つ、大柄な男性が主催者だ。  筋骨たくましいその姿は、およそ桜の花には似合わない。  どうしても、彼と桜を結びつけるなら、ごつごつした黒い幹がいいだろう。  焼きたてのパンみたいな力こぶと、浅黒い肌。  年齢は30代半ば。  薄汚れた白シャツ姿の彼を、みんな、アベさん、と呼んでいる。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!